メール中継の歴史



まえがき
spamというメールが世の中を騒がせています。メール中継はspamとは非常に関係が深いのでここではその歴史について解説しています。急いで対策しようという人は読み飛ばして次章に進んでかまいません。

夜明け前

インターネットがまだ夜明けの頃にはインターネットに参加している 人はみんな気心がしれた善人ばかりでした。ほとんどの人間、組織は協力しあい 世界中をつなぐネットワークの構築をしていったものです。 WWWというものがなかった頃には何といっても一番便利だったのは電子メールでしょう。でも今のようにメールを送ってもすぐ到達するものではありませんでした。

昔のメールは

当時は自分の電子メールはまず直接つないでメールを送ったところにたまっていて1時間に一回とか半日に一回とかいった間隔で隣につながっている組織のマシンに電話をかけてモデム経由でUUCPというプロトコル(約束ごと)で送ったものでした。 そのような隣の組織を作るには直接そこと交渉し、「うちとつないでいいよね」、「はい、いいですよ、電話番号はこれこれでパスワードはこれこれを用意しました」ということになるはずでしょう。
直接電話をかけることができないところには電話をかけて送ってくれるところまでバケツリレーのように順繰りに送っていってメールを最終的に配送したものです。もちろん地球の裏側に電話をすると電話代が高くてしょうがないからたとえ電話をかけることができても直接送らない方が得策なわけですからバケツリレーは合理的な考えだったわけです。
今あなたもまとめて書いて一度に送っていると思っているでしょうが、この話はプロバイダに送ってからの話といったらびっくりするでしょう。当時はプロバイダなんてなかったのですがそれに相当する組織はすぐ相手に送ったのではなくここで説明したようにまとめておいて、ある時間が来ると (自動的に電話をかけて)次の組織に送ったわけでした。
このような状態ですから遠いところには何日もかかって送られていました。
ちなみに今のプロバイダはもうバケツリレー方式でなんかメールを送ることはしておらず直接相手(または相手の加入しているプロバイダ)に送るようになっています。
注:リッチな組織はその頃でも下で説明するIP接続をしていたところもありました。

中継が必須だった時代

ということは電子メールは善意の中継で成り立っていたわけです。自分が送った電子メールは直接 相手に届いたわけではなく、隣の隣の隣の隣の隣の隣のさらに隣のところに順繰りに送られていってついに届いたわけで、 最初と最後のところ以外は送り主も受取人も見も知らぬ人であったわけです。送り主と受取人がいつも同じ経路であれば簡単ですが、実際には網の目のようなネットワークになっていたわけですからどこのメールだけは許し、どこ宛てのものは許可しないというような設定はできませんでした。すなわちインターネットの 黎明期には「メール中継」を誰にでも許さなければ成り立たない状態だったわけです。

IP接続とUUCP混在の時代

IP接続の時代はその次に来ました。IP接続というのはTCP/IPというデータ転送の手順で、小包のように データの頭に送り主と受取人のアドレス(IPアドレス)がついたデータがTCP/IPのネットワークに 出されるとたとえ地球の裏側といっても直接相手に届くというUUCPの時代から見ると驚異的な新技術なのです。 この新しい技術はインフラストラクチャ(ここではインターネットの通信路)が整備されなくては普及しませんでした。しかも この整備は学術関係から普及していったわけで、会社組織に対しては1993年までは許可されて いませんでした。すなわちTCP/IPの黎明期には直接データを送る方法と従来のUUCPの方法が混在して いたわけです。したがってこの頃はまだ誰にでも中継を許すというルールを守らないとどんなメールも 相手に届くということは保証されませんでした。
たとえば日本であれば当時は専用線接続をするには64Kであっても月40万円もしました。一方UUCPであれば月数千円+電話代だけでメールが配送できたわけで、当社も含めてお金がないところは当然UUCPを選ばざるを得なかったわけですね。

IP接続中心の時代

便利なほうがいいのは誰にでもわかります。あっという間にデータが届くということは電子メール以外にももっと別の使いみちもあるということが前からわかっていました。スイスのある組織が論文をその組織内の誰でも見ることができるという画期的な方法を発明しました。WWWの発明です。 それと時を同じくしてTCP/IPが世界中に普及しました。日本は1993年で、インターネットの解禁です。 世界中を瞬時に結びつけるというというアイデアは昔からいくつもあったのですがその中から事実上すでに世界標準になっていたTCP/IPがオーソライズされ(公に認められ)そのためのシステムが整備されました。すなわちTCP/IP形式の データを中継する装置(ルーター)の普及、データを処理する装置(今でいうLinux、UNIX)の普及、WWW形式のデータを発信するソフトウエアの開発、WWW形式のデータを閲覧するソフトウエア(今でいうブラウザ)の開発です。 もちろん電子メールを作成するソフトウエア、中継するソフトウエアはすでにTCP/IP対応になっていたので すぐに使うことができました。

UUCPとTCP/IPの違いは、前者のUUCPは飛脚が手紙を持って宿場を移動していくように実体のあるメールがファイルの形でサーバーを次々に移動していくのに対して、TCP/IPは電話線(飛脚の時代だから糸電話でしょうか ;-)が宿場町を通っていて、音声がその電話線の中を流れていくようにメールは宿場を通るには通るがファイルとしての実体は各宿場には作られないで、最終的に送られるサーバー(だけに)に直接作られるというところです。

電子メールはたとえ地球の裏側の人が宛て先であっても瞬時に(実際は10秒とか60秒とかそのくらいの値)で送れるようになったわけです。本当に便利になりました。今送ったメールがすぐ相手に届くわけですから ちょっと待っていればすぐ相手の返事が来るようになったわけです。

幸せな時代

いつも社会のシステムは時代をちょっと遅れてついていきます。マイノリティーのことを考えないシステムは正しいシステムではありません。世界の全部がTCP/IPでつながっていない限りまだUUCPを使っている組織があるということを忘れてはいけないわけです。このためTCP/IPが100%近く普及した時代になってもUUCPで来るメールを中継するという機能は残さざるを得なかったわけです。
しばらくはそれでもうまくいっていました。、誰もが必要なメールだけしか送らず、そのメールはちゃんと届いていました。すなわちまだ「メールはどこからきたものでも差別なく中継する」という思想で動いていてました。そしてさしたる問題も出ていませんでした。

インターネット全盛の時代

やがてパソコンが安くなり、インターネットサービスプロバイダ(ISP、いわゆるプロバイダ)が雨後のタケノコのように出現する時代になります。今までは会社とか特定の組織しかインターネットにつないでいなかったのですが誰でも安く使うことができるようになり画像まで表示できるようになったWWWブラウザの発表とともにインターネットの人口は爆発的に増加していきました。
日本でもやがて専用線常時接続の価格も月40万円という額が20万円、10万円さらにはOCNの3万円台とどんどん下がっていくと、常時接続する(すなわちバケツリレーで電子メールを送る必要がない)組織も急ピッチで増えるようになりました。
しばらくはそれでも何も問題なく動いていました。そして電子メールもまだ「どこからきた電子メールも中継する」ということでもかまいませんでした。

電子ダイレクトメールが出てきた

しかしどこかの誰かが突然考えました。「うちはFAXや郵便で商品やサービスの宣伝をしているけど、電子メールで宣伝を送ればほとんど金がかならないぞ」と。そしてそれを実行に移しました。それでもその会社が直接知っている電子メールアドレスにダイレクトメールを送るだけだったのでしょう。受け取った人も「ああ、あの会社から宣伝が来たな」くらいにしか思っていませんでした。
何事もエスカレートはするものです。そのうちWWWに表示されている電子メールアドレス、自分の加入しているプロバイダのユーザー全員、さらには人からもらった電子メールアドレスなどへ片っ端から送るようになっていきました。受け取った人は「迷惑なメールだな、一体どこから自分の電子メールがわかったんだろう」と考えたことでしょう。

電子メールアドレスが売れる!

日本には名簿を売る会社があるそうです。卒業名簿とか、会社の名簿とかを用意してあって、そこに行くと特定の目的 (たとえば官庁の課長以上とか、一部上場企業の課長以上とか、最近結婚した人の名簿など)の住所氏名を売っているそうです。インターネットではそれと似たような、あるいはもっと大変なビジネスを始めたやつがいました。
郵便だとビラの印刷代とか切手代とか送る数に応じてお金がかかるのですが電子メールならたとえ1万人に 送ってもほとんどタダ(たとえばアメリカでは市内通話は電話を切らない限り同じ額)なのでそんな区分けしないで全部に送れるぞと考え、電子メールアドレスだけを無差別に集めてそれをCD-ROMにして販売し始めたやつが 出てきました。「10万件の電子メールアドレスがたった100ドルで手に入ります」というようなふれこみです。その宣伝のダイレクトメール自体もそのCD-ROMにある電子メールアドレスに送りつけたのは言うまでもありません。 その結果CD-ROMを入手して自分の商品の宣伝を送ることも盛んになりました。ネズミ講まがいのメールもこれを使ってたくさん送られはじめたのもこの時代です。

無差別にメールを発信

始めのころは何もわけがわからないで単純に「おお、CD-ROMにそんなにたくさん電子メールアドレスが入っているなら俺も買って宣伝をしてみよう」と考えるでしょう。そして実行に移しました。
その結果反応は散々でした。たしかに何人かにはその宣伝の効果がありました。でもほとんどの人にとっては 突然きた知らない人からの、しかも宣伝の電子メールなのです。ほとんどの人は無視しました。でも何人かは憤慨しました。それはそうですね、会社のFAXに無断で宣伝が送られてきたのと同じですから。
何回も来るようになると仕事にまで支障をきたしてくるようになり憤慨は抗議に変わり、送った本人をそのプロバイダから除名するという動きに発展し除名された者がでてきました。

インターネット暗黒の時代

これで終わりなら問題はありません。さらにずるがしこいやつが考えました。「そうだ!インターネットは中継でなりたっているからメールは自分のプロバイダから送らないで全然違うプロバイダから送れば身元がわからず送ることができて、除名もされないぞ」ということになり善意の「誰にでも中継を許す」という機能が悪用される結果になってしまいました。そしてspamという名前で有名な無差別メールが現在に至るまで流行しており、電子メールのアドレスが入ったCD-ROMの頒布もますますさかんになってきています。
spamとは無差別の宣伝メールの俗語です。そのspamの語源についてはいろいろなところで解説されていますので別途資料をご覧ください。イギリスの有名なコメディのモンティーパイソンの中でしつこくspam spam spamとくり返すコントがあったことから、くり返し送ってくるメールの俗称になったそうです。

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